POINT4 がんの痛みをコントロール
「医療用麻薬」の誤解
WHO(世界保健機関)は、「痛みに対応しない医師は倫理的に許されない」と述べています。痛みは、取り除くことができる症状であり、そのための緩和ケアを受ける権利は、誰にでもあるのです。
痛みのコントロールでは、しばしば「医療用麻薬」が使われます。医療用麻薬は、がんの痛みにとても有効な薬です。使う量に上限がないので、痛みが強くなれば、それにあわせて薬を増やすことができます。しかし、麻薬中毒のイメージから、医療用麻薬を敬遠され、痛みを我慢して過ごしている方も少なくありません。
医療用麻薬は、痛みがある状態で使用すると、中毒にならないことがわかっています。
副作用に対しても、さまざまな薬や対処法が開発され、十分に対応できるようになっています。また、医療用麻薬の種類も増えたことから、一人ひとりの痛みに応じた薬を使用できるようになっています。
痛みについて医師や看護師と話し合い、痛みのコントロールを始めることが大切です。
がんの痛みの治療に使われる「医療用麻薬」とは
がんの痛みの治療に用いられる代表的な医療用麻薬は「モルヒネ」です。
モルヒネには、末(粉薬)、錠剤、徐放剤(ゆっくりと長時間効く薬)、内服液、貼付剤、坐剤、注射剤、シリンジ注など多くの剤形が揃っており、種々の痛みに対応できます。
体の中には医療用麻薬と同じ働きをする「β‐エンドルフィン」と呼ばれる物質があります。β‐エンドルフィンは、脳内や脊髄内の受容体に結合し、痛みを脳に伝える神経の活動を抑制して、強力な鎮痛作用を示します。医療用麻薬も同様のメカニズムで鎮痛作用を示します。 アルコールに対して、強い人、弱い人がいるように、痛みをとるために必要な医療用麻薬の量にも、個人差があります。たとえ飲む量が増えたとしても、それによって中毒を起こしたりすることはありません。
モルヒネ依存とオピオイド受容体の関係
なぜ、医療用麻薬を痛みがある状態で使用しても、中毒にならないのでしょうか?
モルヒネは、身体の中に入ると「オピオイド受容体」に作用して、効果を発揮します。
オピオイド受容体には、μ、δ、κの3種類があり、相互に影響していますが(表1)、とくに「κ受容体」には、μ、δ受容体を抑制することで、精神・身体依存形成を抑える作用があります。痛みのある状態では、内因性のκオピオイド神経系が亢進することで、μ、δ受容体に作用して、鎮痛作用が促進し、精神・身体依存形成も抑制されます(図1A)。一方、痛みのない状態では、内因性のオピオイド受容体がはたらかないため、精神・身体依存を形成する場合があります(図1B) 。
(鈴木勉. 日医雑誌 122(12):MM-34-36, 1999より一部改変)
表1:オピオイド受容体の種類
μ(ミュー)受容体 ... 鎮痛作用、多幸感、精神・身体依存形成
δ(デルタ)受容体 ... 鎮痛作用、多幸感、精神・身体依存形成
κ(カッパ)受容体 ... 鎮痛作用、鎮静作用、嫌悪効果